騒音のない世界で本を読む

児童文学好きの読書日記

バカ最強説

イワンの馬鹿  トルストイ

この物語を読んでますますバカ最強説を唱えたくなってしまった。

何も考えない、考えられない人、

世の理になんの疑問を持たず、

目に見えているものが全てと信じて疑わない人、

ことの複雑さを理解できない人、

そんなバカの方が賢い人より幸せなのではないかと常々考えていたのだが

その考えを後押しするような物語だった。

 

イワンの兄弟のシモンは、軍人で力と権力を欲し

タラスは、商人で金欲が強い。

対してイワンは、それらに何の価値も感じていない。

だから貰えるはずの父親の財産分与も気前よく兄たちに譲ってしまう。

無欲なのか無知なのか。

 

無欲も無知も現状を受け入れている点は同じだが

その理屈はだいぶ違う。

無欲は、今以上を知っているがあえてそれを求めないという意志がある。

しかし無知というのは、

目の前にあるものが世界のすべてでそれ以上があることを知らない、

知らなければ求めることもない。

現状が唯一無二だからそこにいるだけで意志はない。

そして無知が故に欲するものがないから無欲でもある。

 

人間は、その欲が叶わないことに苦しむ。

だが欲があるからこそ、鍛錬し改善するものだ。

しかしイワンにはその欲につながる知がないのだから

成長も改善もしないが苦しむこともない。

それはどんなに生きやすいことだろうか。

 

加えてイワンは、人の下心や害意も知らない。

知らないから悪魔がイワンを不幸にしようと画策し、

仕掛けてきてもそれに気づかない。

目の前に困難が降ってきても疑問を持たず、

自分の持てる力でなんとかしようと必死になるだけだ。

降りかかる災難や、誰かが放った言葉の意味を

推し量り思い悩まなければどれだけ気楽に生きられるだろう。

 

世の無情無常を嘆き、憤り、心身すり減らす賢人と

世の無情無常など露知らず、求めないから裏切りも気づかない愚人、

どちらが幸せだろうか。

王様になり、人々に慕われ、兄たちを養い、幸せに暮らすイワン。

この世の最強者は、やっぱりバカなのかもしれない。